そう言って前川はノートパソコンを鞄から取り出し、慣れた手つきでキーボードを叩いた。
「名刺を拝見しましたが、良い役職についていらっしゃいますね」
「いやあ、我ながら自慢になりますが、営業成績が良いんですよ」
「とても優秀な方とお見受けします」
「そうでもありません。昔からよくしていただいているお客様や、良い部下に恵まれているだけでして」
「前川さんは、藤市の担当なのですか?」
「はい。今は職場に近いのでこの辺りで一人暮らしをしていますが、藤市内の出身ですから、十燈荘も担当しているんです」
「今のお仕事はもとから?」
「ええ、昔から漠然と人の役に立つというか、暮らしに関わる仕事をしたいと思っていたので。私は母子家庭ということもあって、家というか、家族というものにとても憧れや想いがあるんですよね」
「なるほど。家や家族にこだわりが」
深瀬は咳払いをしながら視線の色を変えた。
「では、houseというIDに心当たりは?」
「え、いえ?」
前川は不思議そうに聞き返した。
「何のIDですか?」
「ご存じないなら構いません。ところで、秋吉航季さんのご自宅の購入やリノベーションなどを担当された背景や経緯をお伺いしたいのですが」
「ええ、ちょうど七年ほど前ですかね。秋吉さんから当社にお問い合わせをいただいたのが始まりでした。家族四人で藤市十燈荘への移住を検討していて、古い家を購入しリノベーションして住めないかと」
ちょうどそのとき、前の客のカップを下げに店員がやって来たので、深瀬はコーヒーを注文した。
【前回の記事を読む】殺人事件の犯人はまだ留まっている?…百年の歴史の中で多数の殺人事件が起こっている不気味な町「十燈荘」
次回更新は10月24日(木)、21時の予定です。