【前回記事を読む】結婚する気にはならないけど、彼氏と別れる理由も見つからない。そんな時、母からお見合い相手を紹介されて…
第一章 見知らぬ人のままで
玄関のチャイムの音に、彼女は反射的に時計に目を遣った。十時半だった。山の中の別荘に一人置くのが心配で、家から誰かやって来たかといまいましかった。
ドアを開けると、目の前に濡れそぼった男女が立っていた。頭から水を浴びたような姿は凄惨ですらあり、薔子は早まってチェーンを外してしまったのを後悔した。
男が言った。
「夜分恐縮なんですが、ちょっと休ませていただけませんか。そこで車をぶつけてしまったんです」
抑制の利いた声できちんとした口ききであった。女のほうは長い髪をベっとりと顔にはりつかせて、怯えるように目を閉じ、彼に支えられている。薔子は、驚きと警戒心が先に立ってとっさに言葉が出ない。
困っているらしいのは分かったが、女一人の場所に見ず知らずの人間を入れるのは強いためらいがあった。
玄関を入ればリビングもキッチンもオープンな造りで、廊下の先まで見渡せる家である。戸惑いながら男から女に視線を移すと、雨水に混じって彼女の額から細い血の筋が引いているのが見えた。
「救急車を?」
女の様子に、薔子は男に尋ねた。
「いや、怪我はしていません。少し休めば――」
女の出血に気づいていないのか、男はいやにきっぱり言った。薔子はいまだ対処に迷いながらも、
「どうぞ……」