第1章 入居者と暮らしを創る30のエピソード
18日目 本当にできるのか
当施設に入居された山田さん(仮名)は、終末期のガンであり、看取りを前提にされていました。山田さんの娘さんは非常にお父さん思いの方でした。山田さんの娘さんは、大切なお父さんを看取られるということで、かなり心を乱されている状況でした。
そして、数日して山田さんは当施設でお亡くなりになりました。山田さまの葬儀や納骨も終えられたある日、一本の電話が施設にありました。電話の主は山田さんの娘さんで、その内容は「お看取りに入り、自分の父親の意識が薄れつつある状態の中、施設側の職員が、父親がもうすぐ亡くなる、と話した。そのような話は、その場を離れて話をするべきだ」ということでした。
電話の向こう側で娘さんは涙を流されているようで、感情を押し殺すように怒っていらっしゃいました。これが事実であるとすれば、至極当然な話です。老人ホームにおいて、安らかに看取りを行うことは、施設運営の中でも非常に重要な位置づけにあり、このような人生でのフィナーレで、お見送りするご家族にこのような感情を抱かせてしまったことは、運営側として非常に申し訳ない気持ちでいっぱいになりました。
山田さんの娘さんのお話をしっかりと傾聴し、その場で電話の中で謝罪のうえ、改めてご自宅に伺い謝罪しました。人間の機能で最後まで残っているのは「聴覚」であるといいます。そうであるなら不用意な発言は、看取られるご本人にも聞こえているということになります。
私は、施設の職員に、上記のような苦情があったことを伝え、念のため、人間の機能で最後まで残っているものが何かを質問しました。職員は全員、そのことを理解していました。しかし問題の本質は、「理解していても、その言動や行動を実行できなかったこと」なのです。