第1章 入居者と暮らしを創る30のエピソード

1日目 あなたのことが知りたいのです

老人ホームに入居するというのは、一般的に前向きな気持ちで入居することは多くないのだと思います。

例えば、自宅にてひとりで暮らしていくことが難しくなってきた、もしくは病院から退院したものの、そのまま自宅で生活することは難しい等でしょうか。

このような「少し後ろ向きな気持ち」で入居してくる方々に、私はこのような声掛けを行います。

「大丈夫、今日から私が少しでもあなたのことを分かるようにしますから。そして今まで生きてきたあなたの人生をしっかりと受け止めるようにしますから」

老人ホームに入院して「あかの他人」である私が、いきなり入居者の心の中に入り込むことはできませんし、一緒に生活を創るといっても難しいですよね。

まずは、入居される方のお人柄や人生を、あらかじめ少しでも把握し、お話をすることを通じて、お互いが理解すること。これこそが「真の家族」になるための第一歩ではないかと思います。

ついつい、「お互いの間合い」というものを置き去りにし、入居者が生活をしていくうえでできなくなってしまったところ、例えば歩くこと、食べること、お風呂に入ることなどが大変になったから、そのお手伝いをさせていただくということのみを強調するのでは信頼関係を生み出すことは難しいでしょう。

入居者の方々はそれぞれ生まれてから今まで歩んでこられた人生があります。ここを理解することこそが住まいとしての老人ホームの使命だと思っています。

病院で受診する目的は治療です。ひと通りの治療が終われば、ひとまずこれで目的は達成したことになります。

しかし、老人ホームに入居するとは、そこで住まい、生活することです。つまり、そこで安心して生活を送ることこそが一番の目的です。そうであるとすれば、そこで生活する入居者の人生の積み重ねや価値観を理解しないで、生活を支えることなどできるはずもないでしょう。

一般的に、「老人ホームを選ぶなら何を重視したら良いか」という問いに対して、私は「自分らしく生活することができるのか」とアドバイスします。

少し具体的に説明すると、自分が安心して生活を送るうえで老人ホームの提供するサービスに「何を求め、何を優先するのか」ということです。

例えば、老人ホームの選び方というような書籍が多く出版されています。そこには老人ホームの入居にあたっての運営形態、費用、医療・介護体制等々が詳細に記載されています。この要素の比較も重要なのですが、これらを比較する過程で、ついつい「念のため」という理由から、「自分にとってあまり必要ではないサービスを含めた施設選びをしてしまう」場合があります。このような施設選びを行うと結果、実際に想定したよりも入居や生活に関する費用がかかってしまうことになります。

繰り返しになりますが、老人ホームは入居者の生活を支える場なのです。そうであればこそ、「自分らしく生活するために必要なサービスは何か」ということを、まずは明確にしましょう。

入居者を受け入れる老人ホーム側も、これら入居者の価値観を大切にしたうえで入居者を知ること、人生を受け止めることこそが、「真の家族」となるための第一歩ではないかと思います。