第1章 入居者と暮らしを創る30のエピソード
20日目 食べたいものは食べたい
その後、林さんは残念ながら2回目の脳梗塞を発症され、帰らぬ人となられたそうです。しばらくして、私は妻の輝子さんと話をする機会がありました。
輝子さんは、「夫が亡くなって心にポッカリと穴が開いた気持ちです。でも、食べたいものを食べて亡くなったのは幸せだったんじゃないでしょうか」という言葉をおっしゃっていました。「食べたいものを食べられず生き永らえること」と「食べたいものを食べて死すること」、果たしてどちらが正しいのでしょうか。
人が、自己の信念に基づき、それぞれの価値観によって判断していくことが正しいのでしょうか。生きる人間の尊厳とは何か、私にはいまだに答えは出ていません。
21日目 現役時代のスタイルは変わらない
人間は、生まれて現在まで全く同じ人生を歩むことはありません。
実は、私には双子の子どもがいます。全く同じ親から同時に生を受けたにもかかわらず、性格や考え方が全然違うのです。
つまり人間は、それぞれが自分らしくその人生を生き抜くのです。私が施設長をつとめる老人ホームにも、非常に印象深い入居者の方がいました。その方は斎藤さん(仮名)という女性です。
斎藤さんは戦前に商業高校をご卒業後、ある会社の経理を担当されていたそうです。そして戦後に行われた「公認会計士」の試験に合格されました。
今でこそ女性の公認会計士というのは珍しくないですが、当時女性の公認会計士は、なかなかいなかったそうです。私が老人ホームで、斎藤さんとお話をさせていただいても、非常に頭脳明晰、自分の考えをしっかりと持たれた方だといつも感心していました。
斎藤さんが老人ホームに入居されたのは、大腿骨頸部骨折の手術を受けられたあとでした。斎藤さんは入居されてから、ご自身の体力低下に非常に気を使い、リハビリテーションを毎日、一生懸命続けていました。
ここまでの話はリハビリテーションに興味がある普通の方と変わらないと思います。ところが、斎藤さんが本当にすごいところは、ご自分の手帳に1週間単位の計画表を作成され、かつ一日の計画でも「それこそ5分単位」で、キッチリと計画を立てそれを確実に実行していくのです。
計画表には、「起床時間、食事やリハビリテーションの時間、通院の時間、入浴等々」、それこそ事細かに記載されています。お分かりだと思いますが、これを毎週、毎週、必ず作成、そして実行していくのは本当にすごいことです。