其の弐
二
それは問い合わせの手紙だった。
先日渋谷医師から「医療用標本」と記した木箱を受け取ったのだが、中身は空だった。それで失礼だとは思うのだが、何が入っていたのか、何の目的で送ってくれたのか報せて欲しいと記してあったのである。
伊藤医師は二度読み返して身体をぶるぶると震わせた。
「ちくしょうっ、あの野郎、ふざけやがって」
彼は物凄い目で一所を睨みつけると、ギリギリとハガキを握り潰した。そして数分の後、何食わぬ顔で診察室へ戻ったのである。
それから二三日後のことだった。渋谷医師は午後の診察を終えて調べものをしていた。そこへ看護師がお茶を持って現われた。湯飲みを机の端にコトリと置くと、彼女はにこにこと話しかけた。
「そういえば、斉藤先生からお手紙が来てましたわねぇ。先生はお元気ですか?」
「へえ、斉藤君から? で、それはどこだね」
「えっ、伊藤先生がお渡ししたはずですけど」
渋谷医師は思わず書物から目を離した。
「私は知らんよ、見た覚えもない」
「えっ、ですから伊藤先生が、あの、郵便受けの下に落ちてまして、それをわたしが拾って、その‥‥」
看護師はしどろもどろになった。嫌な胸騒ぎがした。伊藤医師は一昨日から一週間の休暇を採っていた。急用と称して強引に休んでいたのである。
「それは確かに斉藤君からなんだね?」
「はあ、表書をちらと見ましたから‥‥」
「何の用件だか君は知らないんだろうね、彼は面識があったかなあ」
看護師は「はあ」と言った切り申し訳なさそうに黙ってしまった。彼女を下がらせると、渋谷医師はそのまま東京へ電話をかけた。
「もしもし斉藤君? 手違いがあってハガキを処分してしまったんだ、申し訳ないが、何の用件だったか教えてもらえないだろうか」
挨拶も抜きにしていきなりそう切り出した。