『はあ、実は空の木箱が届いたんです、悪戯にしては変だし‥‥』
「どんな木箱だった?」
『小さな箪笥くらいかしら、確か医療用標本って朱書きがありましたけど』
「えっ、医療用標本、それは確かなことかね?」
やはりそうだった。伊藤医師は何か感づいていたのだ。
『どうかしたんですか、何か問題でも?』
電話の向こうで呼びかけていた。それで我に返った。
「いや君には関係ないんだ、で、それはいつの話だい?」
『もう一月くらいになるかしら、何か大変なことなんですか?』
渋谷医師はそれには応えなかった。
「伊藤君が訪ねて行かなかったかい?」
『ええ、いらっしゃいました、伊藤先生も木箱のことをおっしゃってましたけど‥‥』
「やっぱりそうか」
渋谷医師は唸ってしまった。
『何? どうしたの?』
「ねえ君、今度伊藤君から連絡があったら報せてくれないか、詳しいことは後で話すよ、じゃあ失敬」
相手が事情を呑みこめていないのを承知の上で、彼は電話を切った。
骸骨の行方は何とか見当がついたが、問題は伊藤医師だった。何を企んでいるのやら不安になった。
だが今ここを留守にする訳にもいかないし、骸骨に報せるにも連絡の取りようがないのだ。彼は腕を組んで診察室の中を入ったり来たりした。コツコツと靴音が響いて、それがいつになっても止む気配はなかった。