大王の密使
一
大臣(おおおみ)の蘇我の末子。若いのに生意気と、あまりいい評判はない男だ。老剣も会うのは初めてだが、都からの噂は流れていた。
「あんたが龍剣か」
英子は老剣を興味深げに見る。
「もう、龍派は無い。その剣士もいない。龍の名は返上した。私はただの老剣だ」
老剣は英子にそう言う。英子も笑う。と、素早く懐から短刀を取り出すと、片膝を立てて、その切っ先を老剣の額に突きつけた。皇子は驚いて身を引いた。老剣は瞬きもせず、表情を変えない。目だけ動かして英子を見ている。
「なるほど」
英子はそう言うと、短刀を懐に戻した。座り直す。
「腕、未だ衰えずか」
老剣は、じろりと英子をにらんだままだ。はっは、と皇子が笑う。
「英子、冗談はよせ。悪い癖だ」
老剣の目が、今度は座っている法広に動いた。今の英子の動きに驚くでもなく、笑みを浮かべたままだ。
「龍剣、この、やんちゃな英子と一緒に、北へ行ってほしい」皇子が、老剣を見る。
「英子と、その法広殿。二人と一緒に行ってほしいのだ」
北へ。海を渡っての異国の戦場や、西の豪族の征伐ならいざ知らず。北とは。何も無い蛮地。
老剣は怪訝な顔をした。
「北とは」
そのまま言葉にする。
「北。東北だ。蝦夷(えみし)だ。そうだな。法広殿」皇子がそう言うと、僧の法広が頷いた。
「そこで、八百年前の渡来人を捜してほしい。古(いにしえ)の秦国から渡って来たという。この法広殿を案内人として」
八百年前。皇子の言葉に、老剣は眉をひそめた。