「ああ。八百年前、渡来人が北の蝦夷にやって来たそうだ。その末裔を捜すのが目的という。隋の皇帝に命じられているのが、裴世清とあの坊主だ。渡来人の子孫の手がかりは、あの坊主が持っているらしい」
「わざわざ隋から」守人は頷いた。
「しかし、八百年も前のこととなると」
老剣も頸を傾げる。
「ああ。大王も、このやまとの国も、影も形もなかったろう。中華には、もう秦国という王朝があった。その秦国が、やまとの地へ使者を送った。そんなことが記された書が、かの国にはある。まあ、あの坊主の話だ。どこまで本当かは、わからんが」
「そんな昔のことが、残っているか」
老剣は驚いている。中華の国は、遙か昔から栄えて、この国の前身となる国々と交流があったとも、聞いたことがある。
「しかし、その子孫といっても。何のために捜す」
「それよ。それが、表には出て来ない。おれの知っているところも、そこまでだ。どうも皇子様にも、隋の使者は、はっきりとは話していないらしい」
「皇子様は、おれにも何も」
「そうだろう。あるいは、知っていて、とぼけているのかも」守人は笑う。
「で、どうするつもりだ。隋の坊主と、あの蘇我の伜(せがれ)のお守りをするか」
老剣の空の碗に酒を注ぎ足し、自分の碗にも酒を注いだ。老剣は注がれた酒を一息に飲んだ。ほう、と守人は、更に笑顔になる。
「どうする」
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