「まあ、一杯いこう。再会を祝して」
男が杯を掲げた。老剣もそれに合わせて、杯に口をつけた。久しぶりの酒だった。
宮殿を出たところで、旧友に出会い、そのまま屋敷に連れて来られた。老剣が斑鳩に来ることを知り、待ち構えていたようだ。老剣にとっても、都の最新の事情を知る、いい機会だった。
「変わらないな、おまえは」男は、老剣の姿を懐かしく見ている。海を渡り、何度も同じ戦を生き延びた戦友でもある。
「何を言う。おれは、とうに引退した老い耄れだ。それより、おまえは現役の将軍。昔通りの阿部守人(あべのもりと)だ」
老剣がそう言うと、阿部守人は大声で笑う。
「おれも、老い耄れたよ。二度と海は渡れんし、渡ることもない。このまま、この都で何事もなく朽ち果てる。それが今の、おれの望みだ」そう言うと、また笑う。
「しかし、おまえは違う」
「今度のことか」
老剣が言うと、守人は頷いた。
「一体、何のことだ。どういうことか、おまえは知っているだろう。皇子様は何をお考えだ」
老剣の言葉に、守人は頷く。
「あの、洛陽の坊主。引き合わされたろう」
「ああ。あの法広とかいう僧、それに蘇我英子。二人と共に蝦夷に行く。人捜しに。それだけだ。おれが今日、皇子様からお聞きしたのは」
「そう。あの坊主が全ての始まりだ。隋使の裴世清と共に来た。八百年前の渡来人を捜すために」
「それだ。その八百年前」
また、八百年前という言葉。それが老剣は理解できない。遙か昔、何も記録など無かった時代だ。