「たとえばこのきんつばだ。おまえはいままでこれが何かを知らなかった。つまり啓二が見ている世界にはきんつばは存在しなかったということになる」
「はあ、それはそうかも……」
「モノをモノとして認識するためにはなにが必要だと思う?」
「え、それは……。コトバ……。あ、もしかして……ナマエ……」
「そう、名前だ。名前は、モノとしてつなぎとめておく鎖のようなもの」
「そうかぁ。こいつはきんつばの名のもとにわが啓二ワールドにデビューを果たしたってわけだ」
啓二は感慨深げな表情で手に取ったきんつばを見つめている。そのときミサエは不意に啓二の手にあったきんつばを奪い、それを仰々しく持ち上げながらこう言った。
「いいかい、啓ちゃん。こうやってきんつばを手に持って、なくなれ、なくなれって呪文を唱えるだろ。そうすると……。ほら、ひえへ……しはふ……」
ミサエは手に持ったきんつばを一気に口の中へ放り込むとおどけた顔でこう言った。
「やだなあ、ミサエさん。からかわないでくださいよ。まじめに聞いてたんですから」
ふとミサエを見ると、口をもごもごさせて苦しそうにもがいている。
「大丈夫か? 小太郎、水を持ってきてやれ」。
光一はやれやれといった口調でそう言った。
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