第一章
「え……。『ツルギドウ』だって」
「はい。少なくとも江戸時代まではそう呼んでいたって」
「なるほど……」
光一はそういうと目を閉じて腕を組んだ。
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何の前触れもなくミサエが訪ねてきたのは、啓二との打ち合わせを終え、アシスタントの雲居(くもい)小太郎と三人で雑談をしているときだった。彼女が現れるときはいつもいきなりだ。なんの連絡もなく、こちらの都合も考えず忽然と現れる。
空間に散逸していたミサエの粒子が、ある意思のもとに集合し、物質化する。そんな出現のしかただ。
「ミサエさん、今日はどうしたんですか?」
「おや、啓二もいたのかい。この近くで仕事があったもんだから寄ってみた。あんたたちまたなにか企んでいるんだろ。顔に描いてあるよ。なんの相談だい」
「人聞き悪いな。単なる仕事の打ち合わせだよ」
「おやそうかい。ま、どうでもいいや。はい、お土産。ねえ小太郎、熱いお茶でもいれておくれよ」
そう言いながら、ミサエは紙包みを小太郎に手渡した。
「へえ、土産持参で来るとは珍しいこともあるもんだな」
「なに言ってんだい。いらなきゃいいよ、あたしが全部食べるから。それよりさ、今日はあんたにお祝いを言いに来たんだよ」
そう言うとダウンのロングコートを脱ぎながらソファに歩み寄り、啓二の隣に腰をかけ、マフラーを外しながら話を続けた。
「送ってくれた本、読んだよ。なかなか面白い内容じゃないか。あんた昔から歴史好きだったからね。これであんたも立派なもの書きだ。じゃんじゃん書いて、いろんな秘密を暴露してやっておくれよ」。
ミサエはそう言いながら自分のバッグの中をごそごそとかきまわしている。それを見ていた光一はそれが何かを察して、先回りしてこう言った。
「ミサエ、悪いんだが、ここ禁煙なんだ」
「そんなことわかってるよ。なにさ、まったく。自由に煙草も吸えやしない。不自由な世の中になったもんだよ」
そのときだった。キッチンでお茶を淹れていた小太郎が興奮した声で叫んだ。
「光一さん!」。声のするほうに全員が振り向いた。
小太郎は三人の視線を一身に集めながら、ミサエが持ってきた紙包みを光一たちの前のテーブルに置いた。
「ほら、これ……」
「あ……」。
コトバを飲み込んで、啓二が目を丸くしている。
包み紙に印刷された店の名前を見て光一と啓二は、口を揃えていった。
「鶴亀堂じゃないか」
「なに驚いてんだい。あんたたち、和菓子屋の包みがそんなに珍しいのかい」
「いやそうじゃないんだ。じつはいま話していたのがこの店の仕事で……」