「ははぁ、そういうことかい」と言って、ミサエがいわくありげな表情を見せながら続けた。

「啓ちゃん知ってるかい。こういうのシンクロニシティっていうんだよ」

「シ、シンクロ……」

「そう、シンクロニシティ。あんた、そんなことも知らないのかい。光一、教えてやんなよ」

そう話を振られた光一は、少し間をおいてから話し始めた。

「シンクロニシティとは、日本語では『共時性(きょうじせい)』だ。簡単に言えば『意味のある偶然の一致』というところかな。カール・グスタフ・ユングという精神科医が提唱した概念だ」「『意味のある偶然の一致』ですか。つまり、これには意味があるってことですか……」

「ハハァ、やっぱりなんかあるねぇ、これは」

「え、なにがあるんですか?」

「匂うんだよ」

「やだなあ、ミサエさん。おどかさないでくださいよ」。啓二が身を乗り出して反応している。

「でもずいぶん古風な包みですね。いまどき竹の皮にくるんであるなんて」

「竹の皮って、ねえ、あんた。それ、経木(きょうぎ)っていうんだよ。まったくなんにも知らないんだねぇ、最近の若いもんは」。そう言って啓二を睨んだ。

「それよりさ、鶴亀堂総本家といやあ、あんた老舗中の老舗だよ。それこそ江戸時代より前からあるって話だ」

「どこで買ってきたんですか?」

「どこって、そこの広尾の商店街で買ってきたんだよ。ほら、鍵の字に曲がったあたりにあるお寺の並びの……」

「え、どこっすか。あったっけ」

「あるよ、昔から。ほら、花屋があって、三味線屋があって……」

「えー、あったかなぁ。光一さん、あのあたりにありましたっけ」

「オレも気づかなかったな。あの辺はよく昼飯を食いに行くんだけどな」

話をしている間、小太郎が気を利かせて大きめの皿に和菓子を盛りつけてきた。

「これ、この四角いのはなんていうんですか?」

「きんつばも知らないのかい。情けないね。これからここの仕事するんだろ。大丈夫かねぇ、まったく。いいかい。ついでに教えておくけどこれは道明寺。こういうのは練り切りって言うんだ。それで、これがみたらし団子」

「しかし、どれだけ買ってきたんですか?」

「和菓子屋いくとさ、つい迷って買い過ぎちゃうんだよ」

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