第一章

「小太郎(こたろう)、コーヒーをもう一杯たのむ。あ、それと……啓二が来るまでの間、例の資料を集めておいてくれないか?」

光一はそう言って席を立つと、自らも参考になりそうな文献を探し始めた。この事務所の書棚は「カツラギ図書館」と揶揄され、仕事仲間の間でも評判になっている。

本業はコピーライターであるにもかかわらず、広告やマーケティング関連の書籍はほんのわずかで、歴史、物理、科学などの一般的な学問書、神道・仏教・キリスト教などさまざまな宗派の研究書、さらにはこの国から偽書のレッテルを張られた古文書類とその関連の書籍、いわゆる眉唾もののトンデモ本にいたるまで、その蔵書の量とジャンルの広さには目を見張るものがあるからだ。

特注で設えられた書棚には、いったいどれくらいの書籍が並んでいるのか、本人も把握しかねている。

老舗の和菓子屋からの仕事の依頼は、光一にとっても意外なことだった。これだけの蔵書を抱えながら、和菓子に関しての資料は正直言って皆無に等しい。

迂闊だったな。光一は声にならない声で呟いた。なにか手がかりとなる文献はないものか。探していると、一冊の本が目にとまった。光一はその本を手に取り、ソファに腰を掛け、パラパラとページをめくっていった。

「うー、寒いっすね」 

天野(あまの)啓二がやってきたのは、電話を切ってから1時間足らずのことだった。ダウンジャケットを着込んで、ニット帽をかぶり、首まわりにはマフラーをぐるぐる巻きに巻いている。

足元は編上げのトレッキングシューズ、パンツもどうやらユニクロの暖パンらしい。どこからどう見ても防寒対策は完璧だろう。しかし真冬とはいえ、東京都内のいで立ちとしては少々大げさに見えて可笑しかった。ミシュランのキャラクターみたいだな、光一はそう心の中で思った。

「ずいぶん早かったな。寝起きだったんだろ」

「自宅、学芸大っすよ。タクシー飛ばせばすぐですよ。これでもシャワーを浴びて軽く食ってきたんですから」

そう言いながら、どんどん身に着けていたものを取っていく。そして瞬間、動きが止まったかと思うと、思いきりくしゃみを連発した。よく見てみるとまだ髪の裾あたりが湿っているようだ。

「おい、風邪ひくなよ」

啓二がテーブルをはさんで向かい側のソファに腰をおろすと、間髪をいれずに光一が話し始めた。