第一章
そう言いながら、ミサエは自ら小皿に乗せた道明寺を小器用に切って口に運んだ。そしてさらに続けた。
「それにしても時代なのかね~。和菓子のこともろくに知らない日本人が増えてるなんてさ。だんだん消えてなくなっちまうんじゃないかね。腕のいい和菓子職人がどんどん減ってるっていうしさ。だいたい、近頃の若いもんは……」
ミサエからこのフレーズが出ると話が長くなる。光一はこのパターンをいやというほど経験してきた。光一との交流は古く、学生時代にコピーライターの養成講座に通っていたころからのつき合いだ。
若い受講生ばかりの教室の中でミサエは群を抜いて異質だった。年齢不詳、奇抜なファッション、鍼灸師という職業。当時から何もかもが謎に包まれていた。
そもそもなぜ鍼灸師が広告コピーに興味を持ったのか。疑問に思い、ミサエに聞いてみたことがある。
「コトバのからくりが知りたくてさ」。不思議な理由があるもんだと感じたのを光一はよく覚えている。
正確な年齢はいまもわからない。ただ、話す内容から察するに、光一より20歳以上年長であることはたしかだった。
「光一だって、昔はなにも知らない若者だったんだよ」。
ミサエはお茶のお代わりをすすりながら光一の出した本の話に飛び火した。光一は、みたらし団子をほおばりながらミサエの話をだまって聞いていた。
「それがいまはどうだい。いっぱしに本なんか書いちゃってさ。まあ、私からいわせりゃまだまだ内容が浅いけどね。これからどんどん書きゃいいんだよ、世の中のいろんなからくりを暴いてやってくれよ、ねえ作家先生」