「それじゃ、今までしてきた落語会も音楽会も、お酒を楽しむ会もできないじゃないですか?」
「それは……やむを得ない……」
「茜屋に嫁いで以来、私がお客様と一番多く思い出をつくった場所が宴会場なの。お客様たちにとっても大切な思い出が詰まっていたはずよ。それを失くすのは賛成できないわ!」
「僕だって、そこには裕次郎さんたちとの思い出があるし、茜屋にとっても高見順先生はじめ多くの方々との歴史のある場所だから、身を切るように辛いよ。だけどこれからは客室で思い出をつくっていただく茜屋にしたいんだ」
「客室や宴会場を減らすことは、売上げを落とすから返済に影響が出て、子供たちへの負担を増やすことにもなりかねないわ。私は納得できません!」
知世の表情は大分苛立っている。
旅館の運営を第一線で率いてきた知世は、自分が一番部屋の間取りや客の意向、従業員の動線などを把握しているという自負があった。しかし高志は高志で、これからの観光の在り方を見据えた設計が必要だと考えていた。
小堀はこのやり取りを聞いていたが、知世の思いもよく解り、夫妻の議論を尊重するために、敢えて黙して見守っていた。
結局、「この件については、後日また相談しよう」と高志が話を引き取り、この日の話し合いは幕引きとなった。
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次回更新は9月24日(火)、18時の予定です。