渋谷整形外科病院から件の骸骨が出奔して一月が経った。始めの半月は渋谷医師も今帰るか今帰るかと心待ちにしていた。通用口は今になっても鍵を外したままだが、いつの間にか帰宅は諦めるようになっていた。
そして代わりに無事でいてくれることを願うようになった。新聞を隅々まで読むようになったのも、郵便受けを気にかけるようになったのも最近のことだったのである。
骸骨からは何の連絡もなかった。どこへ行ったのやら行方は杳として知れなかった。野垂れ死にしているのではないかと心配してみたり、憎めない奴だから上手くやっていると思ってみたり、それにつけても気にすれば切りがなかった。
東京に住んでいる斉藤由貴子からハガキが届いたのはそんな時のことだった。彼女は渋谷医師の後輩で、彼の家には休みになると実習と称してよく遊びにきていた。だから彼女のことを覚えている職員も少なくなかった。
その日たまたま退院患者の見送りに出た看護師の一人が、郵便受けの下に落ちているハガキを見つけた。それを手にした彼女は思わず声を上げた。
「まあ、斉藤先生からだわ」
「うん、どうしたんだね?」
側にいた伊藤医師がそれを覗きこんだ。
「斉藤先生はご存じですよね、これそこに落ちていたんです」
彼女はそのまま中へ入ろうとしたのだが、伊藤医師が引き止めた。
「いいよ、僕が持っていこう」
何かピンときたらしく、語気には暗に命令的な響きがあった。
看護師はやや怪訝な面持ちだったが、彼は半ばひったくるようにして中へ戻っていった。そしてトイレに入るような振りをして勝手に中を読み始めたのである。
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次回更新は10月4日(金)、11時の予定です。