出まかせだった。フラダンスの映画放送で見た俳優の名がふと頭に浮かんだのである。 

「何、豊河悦司?」

正太は頓狂な声を上げた。一瞬本物かと思ったが、風体が違う。

まじまじと相手の横顔を見つめて危うく路外へ飛び出すところだった。タイヤが悲鳴を上げ、すぐ目の前にガードレールが迫った。骸骨は恐怖のあまり目玉を飛び出させてしまったが、次の瞬間周章てて元に押しこんだ。

「おいおい、驚かすなよ、危ねえじゃねえか」

「失礼シマシタ、トヨガワ、エツシ‥‥デス」

「ああ、そうか、豊河‥‥悦司ね。読み方とカワの字が違うのね。ははん、ちょっと格好いいなあ」 

正太はしげしげと見ていた。骸骨の方では嘘をついたようで心苦しかった。もう少し洒落た名前にすべきだったかなぞと考えていると、彼が何ということもなく身の上話を始めた。

佐々木正太は三十半ばに見えるのだが、実はまだ二十九歳だった。生まれは東北の片田舎で、ふとしたことからグレて高校を中退した。そして東京に潜りこんでチンピラ紛いのことをしていたと言うのである。だがニ十代半ばを過ぎて転機が訪れた。飲み屋の女に惚れたのだ。本気で惚れたので堅気になる決意をした。

この辺りまでもよくある話だが、その先もまた月並みなのだと弁明して先を続けた。無論やくざ擬いの彼に社会は冷たかった。どんなに頼んでも誰も相手にしてくれなかった。自棄になって酒に溺れた。

「そしてなあ、お前みたいになあ‥‥」

正太は目を細めて、後は呟くようだった。

「夜の道端で‥‥フテ寝していて拾われたんだ。それがあの社長よ」

彼はそう言うと怒ったような顔になり、無闇とアクセルを吹かした。

骸骨は前方に視線を移した。また少しずつ畑地が拡がって、白馬村に近づいたことが知れた。間もなく葛葉越えの難路が始まろうとしていた。新潟への道程はまだ始まったばかりだった。