茜屋を再建するとなると、巨額の資金が必要になり、とてもこれまでの貯蓄や火災保険だけで賄えないのは明白だった。そうなると、残るは借金をするという選択肢だけだが、これも自分たちの代で全額返済できる保証はない。
「銀行も後継者の有無をはっきり確かめたいはずだ。長男である久紀が後を継いでくれるのか。僕らもいつかいなくなるのだから、再建に賛成して旅館を引き継いでくれるかどうか、子供たちの意思もきちんと確認すべきだ。それを避けては通れない……」
二人は今まで、久紀にも誰にも茜屋を継げとは言わないでいた。それは自分の人生を自分自身で決めてほしかったからだ。だから今回こそ、意志を確認して再建するかどうか決めるべきだと考えた。
ふーっと深い溜息をつく高志。目を閉じ、愁眉を寄せ、押し黙る知世。長い沈黙。二人だけの事務所に、壁掛け時計のカチカチという金属音が冷たく響く。アヤメの花が鶴首から二人に優しい香りを届けている。奥の壁では「茜屋の看板」が重い存在感を漂わせていた。
翌日の夜、沖村家の居間には、高志と知世夫妻を中心に有衣、久紀、実桜、航也の家族全員が集まっていた。皆、疲労感は隠せないものの真剣な顔つきで控えている。
そこに落ち着いた声で高志が話しだす。
「不幸にも今回茜屋は焼失してしまった。おまえたちもさぞかし大きなショックを受けたことだろう。でも、人生に不幸や不運は付きものだ。大切なのは、そこから再び立ち上がることだと父さんは思う。