泥に足を取られながらも、まずは植えるべきポイントを示すために、「六角」という道具を数人がかりで押して、田面に格子状の線を付けた。初めはどんどん左にズレていたが、どうにか漸く引ききった。

その線を踏まないようにして、今度は注意深く苗を一本一本植え込んでいく。日頃の激務で疲れた状態で頭はクラクラするが、泥から抜けない足を手で必死に抜きながら互いに励まし合って、何とか生まれて初めての田植えを終えた。

そして時は流れ、周囲の山々が「日本昔話」の絵本のごとく美しく紅葉する十月のある日、今度は春に植えたあの山田錦の稲刈りが行われた。

藁の匂いを嗅ぎながら、気合を入れた女将たちが一心不乱に鎌でザクッザクッと刈り進めていく。田面は乾いているので足場はいいが、稲の束ね方が難しい。四苦八苦して括った束を畔に放るが、これも落下地点がバラけて集めるのにまた一苦労。

完了した時には全員汗びっしょりになっていた。それでも、初めての収穫の喜びを味わい、益々新酒への期待が膨らんだ。

次は、十一月の初添え仕込み。蒸し上がった酒米を冷却乾燥機で乾かすと、酒母と麹米と仕込水が入ったタンクに冷やした蒸米を二人一組で慎重に投入した。それを櫂(かい)棒で攪拌すると醪(もろみ)が泡を立て出す。

「醪は生きている」。

女将たちはその泡の甘い香りに感動し、「美味しいお酒になりますように!」と神に祈るような気持ちで櫂を回した。

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次回更新は9月13日(金)、18時の予定です。

 

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