「いいじゃん。クルミもハゲあがる前に結婚しちゃえば」
「ハゲいうな!」
僕らはエレベーターで一階へ下りると、無人のロビーへ行った。受付はカーテンが閉まっている。僕は自動販売機に小銭を入れ、内田に紙コップのコーヒーをふるまった。
「それにしてもお前、血色よくなったなぁ。すこし太ったんじゃないの?」
「また三キロ増えちゃってさぁ」
内田は幸せそうな顔で両手で腹をさすった。
「かわいいカミさんの手料理に子どもまでできて。幸せ独り占めだな、この野郎は」僕は幸せホクホクの奴の腹に、軽くストレートを見舞う真似をした。
「いやいや」内田は真顔で、顔の前で手をふった。
「もう大喧嘩(おおげんか)。生意気ばっかり言うから堪忍袋の緒が切れて、実家に帰れと怒鳴り散らしてやったよ」
内田はぶすっとして、唇を尖(とが)らせた。いいこともあれば、悪いこともある。当然だ。「子どもが生まれたばかりで疲れているんじゃないの」
「そうかもしれない。クルミはすこし痩せたんじゃない? 大丈夫か。ちゃんと食べてる?」
「病院食は、なんとか……」
「ちゃんとオナニーはしてる?」
「あいかわらずだな、このさわやか変態が。でもまあ、男性ホルモン出まくるとハゲるっていうしなぁ……」
「病院じゃそういうわけにもいかないか」
「ああ。でも、毎日傷の消毒をするんだけど、一人、膝の処置のときにいつも真正面にしゃがむナースがいてさ。脚が左右に広がって、スカートの中がこう、まる見えに……」
「いいなあ」
「直視できるかよ。ずっと違うほうを見ているよ。でも、あれは間違いなくこちらの反応を楽しみながら、やっているな」