「……と、まぁ、これがC地区担当の神様が実際に起こしてしまった失敗事例です」
ここは、とある大教室。多くの聴衆が教壇に立つ白髪の紳士の言葉に耳を傾けている。穏やかでありつつ重みのある話し方には説得力があり、聞き手を惹きつける。
さすが神様である。いや、神様を指導する立場なので、神様の先生とでもいうべきであろうか。
地区ごとに配置された神様たちは人間の日頃の行いを見守り、善人には小さな幸運を時折プレゼントすることが仕事の一つとなっている。自動販売機の当たりも、まさにそのプレゼントであった。
ただ、彼の住むC地区を担当していた神様は少々おっちょこちょいだったのだ。
本来ならば小さな幸運は一回だけのはずが、うっかり設定を間違えた。ミスに気づくことなく一年が過ぎたことで、不運にも彼の人生の運は尽きてしまった。
単発的な幸運とは異なり、度重なる不自然な幸運は、人の運を食い尽くしてしまうものだ。運が尽きてしまうと、前向きな気持ちさえも失ってしまうのが人間の弱さとでもいうべきであろう。
善人へのプレゼントのはずが、かえって不幸への道案内となってしまっては神様の名が廃(すた)る。そこで神様に向けた研修なるものが開始され、今ではそれが当たり前となっている。地区ごとに配置された神様によって個神差が出ぬよう、神様界でも必死に取り組んでいるのである。
白髪の紳士は力強く話す。
「神様といえど完璧ではありません。だからこそ自分に過信せず、常に確認を怠らないこと。これが何よりも重要です。ぜひ他神事と思わずに、この失敗事例から学びましょう。皆さんのさらなる飛躍を願っています」
【前回の記事を読む】もしかしたら見間違いかもしれないと、願望に近い考えが頭をよぎる。
次回更新は9月4日(水)、18時の予定です。