東京から今離れていく、そう思うと胸の支えが降りるような気がした。ほんの一月前まで抱いていた憧憬が嘘のように消えていた。どこへ向かっているのかは知らなかった。そんなことは考えもしなかった。
「だけどなぁ、吃驚したぞう。てっきりハネたかと思ったもんなぁ」
そう言って男は助手席を見た。
「スミマセン‥‥デシタ」
骸骨はぺこりと頭を下げた。
「いやいや、そうじゃないんだ、一巻の終わりかと思ったんだ。車のローンもまだ残っているしな」
そう言って男は照れたように笑った。骸骨はまた前方に視線を戻した。どこでもよかった。東京を離れたかった。そう言って乗せてもらったのは骸骨の方だったのだ。
「オレ正太っていうんだ、佐々木正太」
骸骨は男の方を見ると黙って頷いた。
沈黙が訪れた。二人が黙るとエンジンの音が耳についた。真夜中なのにトラックの数は少なくなかった。
「なあ、お前何してるんだ、仕事は?」
「探シタケド‥‥見ツカリマセンデシタ」
男はふうんという顔をして骸骨を見つめた。
「どこまでだ? 何だったら送ってやるぞ。今日は空荷だし、遠慮なく言ってくれ」
骸骨はぽつりぽつりと事情を説明した。東京では住む所も探すつもりだったこと、帰る家のないことを問われるままに語った。
「そうかぁ‥‥家もないのか、人には色々とあるよなぁ」
独り言のように呟くと、男は黙りこんでしまった。
トラックは甲府を過ぎ、また灯火が疎らになってきた。エンジンの低い唸りがまるで眠気を誘うかのようだった。
「なぁお前、俺の所へ来ないか? 俺のアパートに住んで、一緒に働かないか?」
【前回の記事を読む】自分は嗤いものになるために、東京に出てきたのだろうか。骸骨はもう決して人前では本当の姿を晒すまいと心に誓った。
次回更新は9月20日(金)、11時の予定です。