「眠ラナイ街、何モナイ街、何処ヘ行コウ、何処ヘ行ケバイイノダロウ‥‥」

半ば無意識に呟いていた。どれ程走ったのだろう、灯りが疎らになったと思う間もなく車は速度を落とした。

「お客さん、着きましたよ」

そう言われたものの、どこにいるのか見当もつかなかった。

「ココハ何処デスカ? ココハ海‥‥ジャナイ」

どうやら自分で言った行き先を覚えていたらしい。

「第一京浜ですよ、平和島です。もう海はそこですよ」

運転手はさも面倒臭そうに言った。もう降りるしかなかった。

歩道に降り立つとタクシーは乱暴に走り去った。タイヤが悲鳴を上げ、見る見るうちにテールライトが小さくなっていく。もう真夜中のはずなのに車の数は多かった。タイヤを轟々と響かせて大型車が何台も通り過ぎた。骸骨は歩道にぽつんと立っていた。身体の中を風が吹き抜けていくような気がした。

「何処ヘ行コウ‥‥何ヲシテ生キテイコウ?」

またしても呪文のように呟いた。辺りを走る車の音が絶え間もなく聞こえていた。

「コレカラハ本当ニ独リポッチダ、不安‥‥ダナ」

その時ふと潮の香が鼻先に届いた。骸骨は思わず一歩踏み出した。次の瞬間タイヤの悲鳴が耳を貫き、クラクションが身体を押し包んだ。大きく重い物体がすぐ脇に迫り、思わず身を縮めた。何かがガクンと停まった。顔を上げると目の前に煌々とライトが輝き、エンジン音が間近に聞こえた。

何が起きたのか見当もつかなかった。バタンとドアの閉じる音がして、誰かの走り寄ってくる気配がした。

「おい大丈夫か、おい、ぶつからなかったか?」

まだ事情が飲みこめなかった。男は骸骨を腫物にでも触るかのように眺め回した。

「おい、どこも当たってないのか、痛い所はないか?」

男の声は怒っているように聞こえた。骸骨はぽかんと声のする方を眺めた。男は真剣に返事を待っていた。顴骨の張った顔だった。三十代半ばくらいだろうか。どこにでもありそうな顔だった。だが東京に来て初めて見る人の顔という気がした。そして何故か腰が抜けた。身体中の力が抜けて、へなへなと歩道の縁に座りこんでしまったのである。

腰の下でエンジンが唸りを上げていた。心地よい振動が身体を包んでいた。等間隔に点った水銀灯が一つまた一つと後方へ去っていく。ちょうど中央道の八王子インターを過ぎたところだった。緩やかな登り坂を進んでいくと、少しずつ街の灯が少なくなってきた。