其の弐

やがて夕方のラッシュが始まろうとしていた。骸骨は跨線橋に凭れて夕映えの街を眺めていた。どこからともなく人々が現われ、背後の駅に吸いこまれていく。遠くで線路の架線が西陽を受けて光っていた。電車の長い列が乾いた音を響かせて行き来した。これから大勢の人がぞろぞろと駅の口に呑みこまれていくはずだった。

骸骨はそうした人々のやや疲れた背を見るともなく眺めていた。今では一つ解ったことがある。それはこれらの人たちも皆一人ぽっちなのだということだ。でも少なくとも彼らには帰る場所がある。手持ち無沙汰にうろついている人はいなかった。

「帰ル処ノアル人ハ羨ましい‥‥」

そう呟いて小樽の街を思い浮かべた。坂に沿って古い街並みがあり、その向こうに海がある。渋谷医師がいて警備員や運送屋の人たちがいる。わずか一月前のことなのに全てが遠く感じられた。

これから夜にかけてが一層侘しい時間だった。昼間人混みに紛れていればまだ気持ちは楽だった。だが夜になれば酔っ払いが現われた。それらの酔漢を避けて静かなところを探すと、今度は住宅街の灯火が心に染みた。それでも独りでいられるのはましな方だったに相違ない。

いつだったか物珍し気に酒場を歩いていて、怪しげな店に引っ張りこまれそうになったし、ぼんやりしていて財布を擦られそうになったこともある。また凄味のある男たちに取り囲まれたことだってあるのだ。東京は怖い所だと聞いたことがあるが、それはこれらのことを指すのだろう。それに懲りて、いつしか繁華な所は避けるようになっていた。

東京へ来て初めの数日はカプセルホテルで夜を過ごした。だが仕事で稼いだお金は大した額でもなかった。見る見るうちに減っていく財布の中を覗いて、ここはお金のかかる所だと溜め息を漏らした。金銭が無ければ身動きが取れなくなる。それを用心して着の身着のままで夜の明けるのを待つ有様となったのである。