ある晩、仕事終わりでやはりオヤジと晩酌をしていた時だった。

いつになくオヤジとしての威厳を保つように険しい顔つきをしながら、「そろそろ独り立ちしてもいい頃かもな」と静かに話し出した。どこか寂しい気持ちを隠すようにしながら。

以前オヤジが「あと5年で引退する」と宣言していたが、その宣言した時から4年が経っていた。

「え、うそ、いいの?」

正直、戸惑った。いつかこの日を迎えるだろうことは想像はしていた。想像すると嬉しくもあり、反面寂しくもあった。しかしまだまだ余裕もなく無我夢中で日々を過ごしている状態だったため、不意を突かれたように感じたからだ。

「この前な、常連さんたちと話している時に言われたんだよ。『そろそろ、(陵ちゃん)独り立ちできる頃なんじゃない?』ってな。その時はそうだなぁ、確かになぁってくらいに思ってたんだけど、あれからいろいろ考えててな。

教えることはもう全て教えたつもりだし、これから必要なのは一人でいろいろ考えて、苦労を経験しながら一歩一歩前に進んでいくことだと思ったんだよ」

おそらくオヤジはそろそろ体力的に限界が来てるという自覚もあったのだろう。でもそんな弱音を一切見せることなく、自分の息子を一人の男として認めた上で、これからはもっと精進しろと、背中を押してくれたのだ。

自分が身を引くのは、あくまで息子が独り立ちできると思ったから。そう考えたら、もう戸惑いはどこにも無かった。ただただ嬉しかった。

「オヤジ、ありがとう。店を引き継いでこれからもっと精進するよ」

今日の酒は格別に美味い。美味い理由は明白だ。オヤジと盃を交わしたからだ。

オヤジはいつもより酔いが早いように見えたが、オレの方はとても頭が冴え渡っているように感じた。

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次回更新は9月17日(木)、11時の予定です。

 

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