「お弁当の方が安上がりでいいでしょ」そんな言い訳をして、皆と一緒に会社の近くにあるお気に入りのパスタの店にも、社員食堂にも行くことはなくなっていった。

ダイエットを始めるまでは、昼休みの時間はいつも楽しみだった。

朝顔を合わせれば「今日ランチどこに行く?」が挨拶代わりで、財布一つだけを持って会社からほど近いあちこちの店に出かけた。冬場になれば制服の上から厚手のカーディガンを羽織って外に出る。オフィス街の昼時の風景の中に、同僚たちといつも笑いさざめきながら歩く栞の姿があった。

部内の女子社員の誰かが誕生日なら、近くのホテル内にある中華料理のレストランで少し奮発してお祝いをするか、ピザのデリバリーを頼んで会議室で昼休み時間ぎりぎりまでお喋りに興じることもあった。

会社の辺りは飲食店の多い場所で、部長や課長の気が向けばフレンチレストランでのコース料理や名店の鰻など、ちょっとした贅沢をさせてもらえることも時にはあった。

そんな恵まれた日常を自ら遠ざけることで、美味しいものを食べて幸せな気持ちになる「食べる楽しみ」を栞はもう忘れかけていた。

誰かと一緒に食事をすると人との違いが露呈してしまうことが恥ずかしくて、できる限り一人で食事をとりたかった。けれど会社員として働く以上、どうしても付き合いを無下に断れないことが栞をますます悩ませ、苦しめ、疲弊する日々へと繋がっていった。

入社して三年目となり、一緒に仕事をする同僚や先輩、上司とも信頼関係を築けて、もうお互いに気心がよく知れた人たちからの誘いを断ってしまえるほどの度胸は栞にはなかった。ダイエットが原因で誰かを不愉快にさせたり、傷つけたり、嫌われてしまうことは避けたいことだった。

周りの人との関係を保ちながら、尚且(なおかつ)気づかれないように激しいダイエットをする、この二つを両立させることは元よりできるはずのないことなのに、そうするために栞はいつも「食べる」ことで頭を悩ませていた。

栞の様子を家族は心配したが、何を言っても栞は頑(かたく)なで聞こうとせず、どうすることもできないまま月日は過ぎていった。