先生が、西に聞かれた。

「工場長さん、この型は機械で作られたものですね」

「そうです。三軸のマシニングで彫られたものです」

アルミ鋳物メーカーで、このような大型の三次元のマシニングを持っているところは、日本広し、といえども他にない、ということを西は知っていたので、自信に溢れた声で応えた。

先生の顔が曇った。

「そうですか、これでは鋳物の良さが消えてしまっていますね。ここに粘土はありませんか」

西が返事をするよりも早く、船山が戸棚から取り出し、差し出した。

先生は、粘土を手のひらで、練りながら、型の上に摺りつけていった。

同行した4人も、同じように摺りつけ出した。

西も船山も、びっくりした顔をして見入っていた。

しばらくして船山が、「先生! 私にもさせて下ださい」と大きな声で言った。

「おっ」とびっくりしたような顔をして、「お願いします」とにっこり笑って言った。

全面に粘土が塗り終わる頃、先生は、

「皆さん! ありがとう。ちょっと待って下さい。もう、これでよいでしょう」

その型に覆い被さったまま、呟くように言った。先生は、今にも粘土にくっ付かんばかりに顔を近づけて、手をヘラのように動かしている。近寄りがたい形相が、背中にも現れている。

松葉は、過去にも顔や目にはそれを見たことがあったが、それを人の背中に感ずることはなかった。

同行した4人も、ただ立ちすくむばかりだった。

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次回更新は8月28日(水)、8時の予定です。

 

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