お茶を差し出す女子社員の手先が、心なしか震えている。
今まで見たこともない東大の名誉教授を眼の前にして、緊張するなというのも無理な話というものだ。
松葉は、自分も緊張していながらも、社員のことはよく見えているのが不思議に思えた。
松葉の歓迎の挨拶に続いて、西の工程の説明が一通り終わると、先生が早速工場を見たいと言う。
松葉は、驚いて「先生、早朝のご出発でお疲れではございませんか」と、聞いた。
羽田を7時20分発ということは、ご自宅を5時過ぎには出られた筈だ。始発電車だったかもしれない。
松葉は、恐れ多くて聞いてみたことはなかったが、お見かけしたところ、75歳以上に思えた。
「いいえ、たいしたことではありません」と、先生はにこやかに言った。
松葉は、自ら工場の案内役を務めた。工程に沿って、先ず木型工場を案内した。
先生の作品になる木型が、そこにあった。
先生は、型の隅々まで、手でなぞるようにして、見ながら、何かを呟くように言うと、同行した研究所の所員が、一斉にメモを取り始めた。
先生の一言一句も逃してはなるものかという気迫が、松葉たちにも伝わってきた。
松葉も、聞き耳を立てた。
鋳物では、何が一番大事か、ということを所員に言っている。
木型が全てだ、とも言ったようだ。