老話
家族写真
ここは埼玉県のA市。東京の通勤圏だが住宅建設が進まず畑や林があちこちに残る田舎の市。県内で「存亡の危機ナンバーワンの市」という不名誉な称号までいただいてしまった。出産可能な年齢の女性の数が少ないらしい。
都会でもない、田舎とまで言い切れない、中途半端な地域である。その中途半端がA市の特徴。その地味な特徴が一番良いのだが、誰もそれに気づかないみたい。ただ、近年は空き地にやたらと養護・介護の施設が建ち、人口が増えた。とはいえ施設の利用者は高齢者。いやはやますます存亡の危機は深まるばかりだ。
駒子さんも今年からこの施設の住人になった。一人暮らしに限界を感じ、アットホームが宣伝文句のグループホーム「すみれ苑」に、虎の子の貯金をはたいて移り住んだ。一人暮らしのときはヘルパーさんのお世話になりながらも、自分のできることは自分でしてきた。
しかし「すみれ苑」では、何事もヘルパーさんがやってくれる。ひとまとめにして画一的に面倒を見たほうが効率が良いのは確かだ。
一人ひとりできること、できないことを区別していては人手がいくらあっても足りない。おのずと入居者は何もすることがなく、食事、入浴、睡眠、たまの健康チェックに運動と、マニュアル通りに一日を過ごすしかない。
施設は東西に二棟あり、ワンフロアに男女それぞれ五人と四人が利用している。水場とトイレがついた個室。中央は広い共同スペースになっている。広間に利用者が出ていて、男性は将棋や囲碁、女性は編み物や読書をしていた。
テレビは誰も興味を示さないのか、画面がついていることは滅多に見かけない。広場のすべての出入口はオートロックで暗証番号なしでは外には出られない。ほとんどの人が車いす生活。だから自分から動くことがほとんどなくなる。
施設側からしても、車いすのほうが利用者の移動には便利なのかもしれない。へたに動かれると手間暇が増えるのだ。ましていまは世界的な感染症のウイルスが広がっている。じっと閉じこもっていてくれるのが肝要だ。入居すると一気にボケの症状が進行していくと聞くが……。
駒子さんも個室にひきこもっている。近頃は、ベッドで横になっていることが増えた。なぜかいつもうとうとしてしまう。
いまも夢と現(うつつ)の区別がついていないかもしれない。先ほどから、駒子さんの耳には何やら大勢の騒がしい声が聞こえる気がするけれど……。
「絶対、目をつぶらないでください!」