夢の記憶
母の会社の人に聞いた話だが、一日三万歩近くも歩き、住宅地を一軒一軒訪問して、ガス器具を売り歩いていた。
遺体になって初めて見た、母の足先はひどい外反母趾になっていた。些細な理由で高校に行かなくなり、毎日怠惰な生活を送っていた私を、母はどんな思いで見ていただろう。
母は本当に仕事が好きだった。極論を言ってしまえば、母は結婚すべきではなかったし、親にも向いていなかったと思う。私が物心つく前から、ひどい夫婦喧嘩をして近所の人や、警察までもが仲裁に入る事態になったことが何回かある。
父は私を置いて出ていった。父も私に対して、愛情も執着もなかったのだ。どこかへ連れていってもらった思い出も、なにかを買ってもらったことも、なにも記憶にない。これは、産みっぱなしと言うのではないか。
そして最初に勤めたリフォーム工事会社、社長はもともと、しっかり会社を経営して利益を出し、社員を育てていこうなどとは考えていなかった。
どこかで仕事にあぶれている人間を引っ張ってきて、とりあえず仕事の契約を結んで、人員だけを配置する。ほとんどが素人ばかりだから、当然、工期に間に合わない。最初の着手金だけ取って逃げるか、いい加減な仕事をする。
国から出る補助金や、従業員に対するあらゆる手当てを搾取して、半年しないうちに、難癖をつけてクビにしてしまう。そしてお客や元従業員から訴えられそうになると、逃げてまた違う土地へ行って、事業を起こす。そんなことをくりかえしていた。