餃子ができた。餃子が並んだ皿にラップをかける。「餃子のタレ忘れてたまるか」と、ビニル袋入りの酢醤油をペタッとラップの上に叩き付けた。出前に出る時は料理と一緒に釣銭を忘れてはならない。天満組の注文は炒飯と餃子で三百四十円である。夏生は六百六十円を白衣のポケットに入れて店を出た。

四月下旬に入った夜は、半袖の白衣だけでも十分に暖かだった。天満組事務所は店の前の街道を南に五十メートルほど下ったところにある。十分に暗くなった道の左側には呑み屋が三、四軒並んでいる。反対側の並びには呑み屋はなく、半二階の木造家屋が建っていた。そのうちの何軒かの玄関前には南天の鉢植えが置いてあった。

天満組事務所に着いた。天満組とペンキで書かれた半間のガラス製開き戸を手前に引くと、事務所の中が見える。事務所と言っても事務机などなく、応接用ソファやテレビがあるだけだ。

「毎度、天国飯店です」

夏生の声に返答はない。夏生は、語気を強めてもう一度呼びかけた。

「待っとれや」

事務所の奥から男の声がした。

よかった。もし留守だったらどうしたらよいか。少し安心したら、事務所奥の壁に神棚が見えた。そして、横の壁には名札のようなものが上下に三列、四角い板に並んでいる。一番上の列の右端には、若頭とか相談役という文字が見える。最下段の名札には赤い文字が並んでいた。

横一列で二十枚ほどの名札が並んでいるから、天満組は六十人くらいの構成員がいるのだなと夏生は思った。そして自分が立っている玄関口の壁には葉書のようなものがびっしりと貼られている。

どれもよく似た体裁で、破門状の三文字から文面が始まっていた。ヤクザ映画などで見聞きしたことが現実にあるのだなと、夏生は興味をそそられた。

「おい、なんぼや」

太い眉のギョロ目が奥の部屋からやって来た。「三百四十円です」と上がり框から一番近いテーブルに料理を置いた。「何や、えらいやっすいな」と言いながらギョロ目は一万円札をテーブルに放った。千円札じゃなかった。

万札なら電話でそう言えやとカチンときたが、夏生は苛つきを噛み殺して

「すんません。釣銭取ってきます」と男に微笑んだ。

「ほうか。ほんなら、いっしょに水持ってこいや」

夏生は作り笑いだけを男に向け、事務所から店に走った。

「普通」とか「常識」とかは通用しないのか。事務所に水くらいあるだろうに。夏生は店に着くと無言でレジスターのドロワーから千円札九枚を数え出し、白衣のポケットにねじ込んだ。そしてコップに冷水を満たすと瞬時考え、コップをお盆にのせて再び店を出た。