【前回の記事を読む】「もう、あの鉄棒に触らんでおこうや。あいつらの掴んだところ、気持ち悪い」―― “みずいろ”学級の子たちを見た仲間は…

リンゴが二つのった皿と三つのった皿を見せると、その子は三つのっている方が多いといえる。

でも、数字だけ示して「2」と「3」とではどちらが多いのと問うと「2」と言ったり「3」と言ったりするという。

数量と数字が結び付いていない。どんなことをすれば結び付くのか、サオリは悩んでいるという。

「ふううん。サオリさんは凄いことをやってるんだね」

夏生は芯からそう思った。

でもサオリは、何度やっても数量と数字が正確に結び付かないその女の子が好きだという。正解でも間違っても、「こっち」と言いながら女の子はいつもニコニコとサオリの顔を正面から見つめてくる。

サオリは「必ず何とかなるって、思ってる」と静かに言った。

サオリの話を聞いて、夏生は二百円のパンと三百円のパンの前にじっと立つ女の子を想い浮かべた。彼女はどちらのパンを取るのだろう。サオリの家庭教師は女の子が生活していくことと直結していると、夏生は知らなかった世界を見た気がした。

河原町丸太町の交差点で二人は西に曲がった。しばらく歩けば右手に京都御苑が現れる。時刻は午後十時を回り、辺りの物音は御苑の木々に吸い込まれて二人の足音だけがはっきりと聞こえた。

「さっき言ってた昔のことって何なの?」

「小学校の運動会のこと。先生にいわれて『みずいろ』学級の女の子と二人三脚をしたのさ」

「『みずいろ』学級って?」

「小学生の時はよく分からなかったけど、特殊学級って呼ばれてたクラス。遠足とか運動会とか大きな行事の時にしか一緒に活動しなかったから、どんな子がいるのかは知らなかったね。それに教室も俺たちの教室とはひどく離れたところ、体育館の向こう側にあったんだ」