パーンと紙雷管(しらいかん)が鳴る。
結んだ足からだ。夏生は左足をグッと浮かび上がらせてスタートしようとした。重い。結ばれた女の子の足は動くことを忘れているかのように重かった。
夏生は一度浮かび上がらせた足が前に出なかったために、前のめりに倒れそうになったが、右腕を大きく回して持ちこたえた。思わず声が出た。
「せえぇ、のっ」
今度は結わえられた左足が重くなかった。女の子の右足と一緒に少しだが自分の左足が前に出た。
それは走るという動作ではなかった。ゆっくら、ゆっくら左右の足を交互に前に進めて歩く動作に近かった。
会場からは「がんばれ」だの「負けるな」だの誰に向けているのかが分からない声援が飛び交っているが、夏生にはワーワーと何かが鳴っているようにしか聞こえなかった。
少しずつだが二人はフィニッシュに向けて進んでいく。左足を五回ほど出した時、夏生の耳は「あた」「あた」という女の子の声に気付いた。
結んだ足を持ち上げる時に、女の子は地面を見ながら「あた」と言う。その「あた」は途切れることなく発せられ、コースの中間辺りを通過する時には右、左、右、左のリズムにのって「あた」ウン、「あた」ウンと二拍子を刻んだ。
そのリズムに乗って前に進む夏生は、「あた」と同時に振り出される二人の足を見てハッとした。
こいつは「あか」と言っている。
「あた」と同時に振り上げられる彼女の右足の赤い丸い布をみて、夏生は今自分たちに起きていることの全てがつながった思いがした。
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