【前回の記事を読む】運動会の二人三脚レース、ペアの女の子の靴には大きな赤い丸い布が。「あた」「あた」のリズムで、ゆっくりと足が動き出す
二
前を見た。一緒にスタートした他のペアは全てフィニッシュしたようで、誰も走っていない。白いゴールテープも張られていなかった。あと二十メートルほどでフィニッシュだ。女の子はゴール間近にして限界に近付いたのか「あた」と同時に夏生の方に体重をかけてくるようになっていた。しかし、夏生はその体重を感じながら、ゴールラインを突破しなければと思う。
放送係のアナウンサーが何かを叫んでいる。グラウンドに飛び交う歓声はワーワーとしか聞こえない。グラウンドにいる人たちは俺たちだけを見ているのだろう。結んだ足を振り上げる度によろめく俺たちを見ているのだろう。恥ずかしさとそれを打ち消そうとする感情が、矢のように現れては消える。夏生のこめかみに力が入る。
グラウンドいっぱいの歓声の中、ゴールはもう目の前に見えている。もう十メートルもない。いつしか「ああっ」「ああっ」に変わった女の子の声に合わせて夏生は「あか」「あか」と声を被せた。もう少しだ。女の子はもう声を発しない。結んだ足を振り上げる度に女の子のズックに縫い付けられた赤い布が見える。その赤い布に向かって「あか!」「あか!」と夏生は叫んだ。その叫びに女の子の右足が持ち上げられる。
夏生たちのために再び白いゴールテープが張られた。あと数歩でフィニッシュする二人に向けてグラウンドには拍手が起こっている。白いテープに飛び込んだ。夏生は両膝に手をついて背中が上下するように息をした。
「……ちゃん、ゴールできたね。おめでとう。夏ちゃん、一緒に走ってくれてありがとう」
顔を上げると「みずいろ」の女の先生だった。先生の頬には涙の粒があった。