「んでね、俺、そのまま家まで走って帰りたくなったんだけど、足に結んだ鉢巻きの結び目がカチンカチンになっていてね」ふふっと笑ってサオリは言った。
「私もそのグラウンドにいたかったなあ」
サオリは星の出ていない空を見上げながら、「みずいろ」の女の先生が運動会までにその女の子とどんな練習を重ねてきたのか、赤い布をズック靴に縫い付けることを思い付いたきっかけは何だったのかなどと、心の中から噴き出してくる思いを一気に話した。
そして、
「いろんな子がいるんだよね。いろんな子が。だからいいのかな」
と、サオリは何かに押しつぶされまいという気持ちを込めるように、ゆっくり呟いた。
遠くの方から自動車が行き交う音が聞こえている。烏丸丸太町の交差点の灯りも見えてきた。ふうっと風が吹いて御苑から若葉が香る。
「ねえ、手ぇつなごぅ」
サオリの指が夏生の指を一本一本集めるように動く。夏生の感ずるものは、若葉の香りからサオリの指の冷たさに移った。
「手ぇつなぐのって、安心」
夏生は少し戸惑ったが、サオリのするがままに手を握られ、握り返した。
烏丸通りに出ると御苑の緑が終わり、再び都市の街並みが現れた。烏丸通りから右折してくる自動車のヘッドライトが二人を照らす。眩しさに顔を伏せると、お互いをたがいちがいに挟んでいる夏生の浅黒い指とサオリの白く細い指とがパッと光って見えなくなった。
「あなたって真っ直ぐな人ね。そういう人に私、魅かれるわ」