二
「みなさん、こんちは。私、二回生のサオリです。苗字は教えません。趣味は麻雀。打ちたい人がいたら私が雀荘に連れてってあげます。好きな役は混一色(ほんいつ)、ってもやらない人には分かんないよね。私の他に二回生が四人いるけど、みんな出てきたり休んだり。私は病気で寝ている日以外はサークルに出ます。去年も皆勤でした。ね、今出川さん」
サオリは甲高い声で弾けるように自己紹介した。
今出川は最後の一言をふわりと受け取ると、「一回生のみんなは、どんな作品が好きなん」と超ありきたりの質問を放った。
夏生以外の二人は源氏物語や土佐日記が好きと、しゃあしゃあと話す。夏生は、昨年の半農半読生活でそれらのほとんどを読んではいたが、好きかと聞かれると何とも言えなかった。
「なんや、今年の新入女子部員は頼もしいなあ。で、ええと、男性の君、ええと、無藤夏生君、君は何がええの」
今出川は自己紹介の時に座席図に名前を書き込んでいて、それを見ながら夏生を指名した。少し間をおいて答えた。
「まだよく分かりませんけど、ぼくは、徒然草が好きです」
言いながらサオリを見た。丸眼鏡をかけたサオリは白い歯を見せた。
河原町四条到着を告げるバスのアナウンスに動かされるように夏生は停車ボタンを押した。停留所に横付けになったバスを降り、今出川がサークル員に配った簡単な地図を見る。
「柳町」は河原町通りの東、木屋町通りにある。河原町四条の交差点から河原町通りを少し上がり、東に向かう真橋通りを進む。高瀬川に架かった橋を渡ると木屋町通りだ。
「水曜日やから夕方でもそんなに混んでへんと思うんや」と今出川が地図を渡してくれた時に言ったとおり、道行く人は疎らだった。
高瀬川に沿って植えられた街路樹の緑を見ながら、北に向かってしばらく歩くと今出川の地図のとおり「柳町」はあった。
入り口の店員に夏雲のコンパに来たことを伝えると、店員は二階の奥が会場だと教えてくれた。カウンターに沿って突き当りまで行くと左手に階段があった。