鉄ちゃんと呼ばれた男子学生は
「すまん、すまん。夏生君、一杯飲めや」とサオリの前に体を乗り出して夏生にビールを勧めた。
夏生は両手でコップを持って、鉄ちゃんのビールを受けようと上体をサオリの方へ少し倒す。でも、サオリが微塵も動かなかったので、夏生の右ひじがサオリの胸を触った。
あっと思ったが、注がれ始めたビールを受けるためにコップを動かせない。右ひじが熱くなった。
会場には畳大の座机が三脚縦長に並べられ、奥の席には今出川と堀川が、あとの十一人は、五人と六人が向かい合うように座机を挟んで座っている。
座机の上には油びかりのする黒いすき焼き鍋が四台、鍋の横の大皿には赤い牛肉を始め、すき焼きの具材が山盛られていた。露地栽培の白菜は秋から冬が旬だが、大皿に盛られた白菜の淡い黄緑は春を感じさせた。
サオリは目の前の鍋に点火して「私が作ってあげるからね」と対面の女子学生に微笑んだ。
【前回の記事を読む】この人は足の裏が地面から五センチほど浮いているのではないかという印象を夏生は持った。