上り口で靴を脱ぎ、ギシッ、ギシッと鳴る階段を上り切ると、細い廊下の奥に暖簾がかかった部屋が見えた。萌葱色の暖簾は白抜きの草書体で「舟」と染め抜かれていた。舟に続く廊下はよく磨かれ艶々と漆の光沢を保っている。暖簾をくぐる。
「おお、よう来たね。道、迷わへんかった」
今出川の柔らかい声に夏生は少しホッとした。一次会は新入生から会費を取らないということだ。夏生は「ありがとうございます」と、微笑む今出川に一言告げて中に入った。
中はサークル員たちでいっぱいだ。
夏生は部屋の中に満ち溢れている仲間のおしゃべりに一瞬たじろいだが、「さあ、入りや。始めるで」の今出川の声に背中を押されて、畳の間へ進んだ。
「あらぁ、夏生さぁん、やっと来たねぇ」
夏生を迎え入れたのは、サオリの甲高い声だった。サオリは両腕で自分の左横の席を「ここ、ここ」と言わんばかりに指し示している。
その席は会場の末席で、サオリの右隣には初めて見る男子学生が座っていた。
「サオリも会場入りが遅かったのか、端っこの席が好きなのか」と夏生は思いサオリの左横に腰を下ろした。コンパには十三人のサークル員全員が参加していた。午後のサークルで見知った者は点々と席を取り、隣の者たちと親し気に話している。
今出川が副長の堀川を乾杯の音頭取りに指名した。サオリは間髪入れず「あの二人、できてるんだからね」と夏生に囁いた。堀川はサオリより短めのボブヘアで、タータンチェックのワンピースを着ていた。
「では、みなさん、用意はよろしいぃ。未成年のお方と飲めないお方は、お茶でもコーラでもよろしいのよ」
堀川が声をかけると、夏生の前にビール瓶の先っちょが現れた。
「ほれ、一回生、コップ出せ」
「鉄ちゃん、一回生呼ばわりは失礼よ。この人は夏生さん。無藤夏生さんっていうのよ」