二
サークル夏雲の新入生歓迎コンパの会場は、木屋町通りにある「柳町」だった。夏生は大将軍バス停で河原町四条行きを待っていた。
京都の市バスは目的地が同じでも経路が系統によって違っていて、何番のバスに乗れば最速で目的地に着けるか、夏生はまだ知らなかった。
とりあえず今日のところは待っていて最初に来たバスに乗ろうと決めていた。
バスがやって来た。その狭い額にある方向幕は河原町四条と行き先を表示している。その横には203と番号がある。数分しか待たずに乗車できたことや、車中が空いていて座席を得られたことに幸先の良さを感じる。
シートに腰を下ろすと、均一運賃の百十円を財布の中に確かめた。信号を二つ三つ越すと西ノ京円町の交差点を通過する。車窓から牛丼のチェーン店が見えた。その牛丼屋の名前はテレビで知ってはいたが、夏生の故郷には展開されていなかった。一度食べに行ってみよう。
牛丼屋が視界から消えると、今はサークルの新入生歓迎コンパに向かっているのだと気持ちを戻す。すると今日初めて出たサークル夏雲のことが頭に浮かんだ。
出席者は七名。そのうち三名が日本文学専攻の一回生で、夏生以外の二人は女子学生だった。サークル長は今出川という四回生だ。今出川は、毎年のように「今出川さんの家は今出川通りにあるのですか」と新入生から真面目に質問されていた。
しかし「ぼくは、大阪の高槻から通てんねん」とにっこり笑って答えるものだから、誰もが今出川に安心と親しみを感じており、大学最後の年はサークル長に祭り上げられてしまっていた。
「今日は初日やさかい、自己紹介と雑談にしまひょ。まず、ぼくは今出川雄一といいます。日本文学専攻の四回生。単位はあと卒論だけやねんけど、今昔物語に見る京都について掘り下げてみようと去年からもがいてます。ああ、あと、ぼくがサークル長やさかい、何かあったら相談してもうてよろしいで。はい、次の人」
この人は足の裏が地面から五センチほど浮いているのではないかという印象を夏生は持った。今出川の次は、三回生が二人、夏生を含めた三人の一回生が自己紹介した。最後は、夏生の対面に座っていた美人の徒然草だった。
サークルが始まってから彼女はまだ一声も放っていない。夏生が知っているのは先週の「コンパかぁ。行けるかなぁ」だけだ。夏生は伏し目がちに彼女の第一声を待った。
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