一
午後五時を回ると、学生や仕事を終えた肉体労働者たちがやって来る。夕飯だからかジンギスカン定食と餃子、酢豚と餃子、八宝ラーメンと餃子などと餃子をセットで頼む客が多い。
夏生は注文を受ける度に「ジンギスカン、餃子」などと注文内容を叫ぶ。おっちゃんは「ジンギスカン」と自分が調理する物を低い声で復唱する。夏生は、ジンギスカン用のプラスチック皿をまな板に置くと跳ぶように身を翻して、厨房右端の餃子焼器へ向かう。
複数の客が、間を置かずに餃子を注文してくれれば、左右二つ並んだ餃子鍋の片方にまとめて餃子を並べることができる。しかし、間隔が少し延びると左右両方の鍋を使わねばならない。
鍋の蓋が一枚しかないことが理由だが、両方の鍋に入れた餃子を両方とも焦がさずに美味そうに焼き上げることは、はっきり言ってとても難しかった。
餃子を焼くことには神経を使ったが、十二、三人も入ればいっぱいになる店だから誰が何を注文したかを間違えることはなかった。客から代金をもらって「おおきに、どうも」と客に視線を向けて釣銭を渡す。
すぐ、食器を下げる。食べ残しがあれば客が使った割り箸で残りものをポリバケツに落とす。食器はまず、ぬるま湯を張ったシンクに浸けて、薄い洗剤を染ませたスポンジで汚れを落とす。
皿の表面を時計回りに一回撫でるようにスポンジを動かす。そしてさらに中央部分をサッと一回こする。ぬるま湯の中で皿をひっくり返し、裏も表と同様にスポンジを動かす。
おっちゃんは「中華は速さが勝負なんやでぇ」とよく言った。そして、皿の裏側など食器の見えないところをよく洗えと繰り返した。「客が皿持った時、油でヌルッときたら、その客、次からもう来えへんようになる」こんな台詞を吐く時のおっちゃんは、締まっていた。
午後七時を越える頃、客の来店サイクルは頂点を迎える。帰っても帰っても客は来る。アルバイト生は、注文取りと餃子焼きに飯盛り、勘定に洗い物と体が止まらなくなる。
時には、ラーメンの麺を茹でる仕事も圧し掛かってくる。シンクには皿や丼が水面を越えた高さで溜まり続ける。破損を避けるため、コップだけは二槽式シンクの左側、すすぎ用の水が張られたシンクに浮かべられている。
客の流れが切れない限り洗い物に手を付けることはできない。夏生の独り立ち初日にもラッシュの嵐はやって来た。