料理に使える皿の残りが少なくなってきた。洗い物に移りたいが移れない。餃子は焦がすな。客のコップは空にするな。カウンターに並ぶ男どもの状況を見つめながら、次に何をすればよいか厨房の中を動きながら考え、考えながら動く。
食べ終わった客に釣銭を渡し食器を下げる。洗い物に向かえるかと思いきや、新しい客が入って来る。もう、どうにでもなれ。でも、おっちゃんは違っていた。
「いらっしゃあい。いらっしゃあい、どうぞぅ」
普段は低い声で「いらっしゃい」一回きりだが、「いらっしゃあい」を繰り返す。しかも「どうぞぅ」が付く。客の回転が上がるとおっちゃんのギヤもハイに向かってシフトしていくのだ。
「何しましょ」と水の入ったコップをおいて注文をとる。「ジンギスカン定食」とお客。餃子の注文がない。ラッキーだと思った。夏生は注文を通すと、憑かれたようにコップを洗った。
「兄ちゃん、勘定や」
目の前の客が千円札をカウンターに放った時、電話が鳴った。タイミング考えて架けろやと悪態をつきながら、おっちゃんを見る。駄目だ。鍋振りの最中だ。夏生は千円札を受け取り、受話器を耳と肩に挟んで応対する。
「はい。天国です」
レジスターのドロワーから釣銭を掻きだしながら、神経を受話器に集中させる。
「おおっ、天満やけどな、焼き飯とな、餃子一人前や。んでな、餃子のタレ、忘れんなや」夏生が「おおきにどうも」と電話の相手に言うが早いか、電話は切れた。「焼き飯、餃子。天満、出前」
「焼き飯」
おっちゃんの復唱を耳にしながら、さっきの客に釣銭を渡した。
天満とは、天国飯店界隈一帯を仕切っているヤクザの組である。
組員が直接、店にやって来ることもあると聞いたが、これまでの夏生の出番にはそれはなかった。大抵、飯時の最中に出前をよこせと電話が入ってくる。
夏生は、見習い中に西山に付いて天満組事務所まで行ったことはあるが、出前を届けるために事務所に行くのは、今夜が初めてだった。
おっちゃんは餃子を焼き始める夏生を横目に見てからガスを全開にした。
餃子鍋に水を入れる時には出前の炒飯は出来上がり、おっちゃんはラップをかけている。おっちゃんはそのままコップを洗ったり、客の勘定に応じていた
【前回の記事を読む】店主の豪快な鍋振りに憧れて…。熱い音を立てて舞い上がるチャーハンの味は…。