源五郎出奔
菅笠を目深に被り顔を見えないようにしてはいたが、昼日中に隠し切れるものではなく、仔犬をかかえた源五郎の姿に幼児性を勝手に感じ取り、またそのような若者が牢人を気取っている事に不審と興味を抱いた揶揄の言葉であった。
「貴殿はいずこより参られた?」
重ねて聞く態度は、完全に小童となめてかかって来ている。
源五郎は無視して立ち去ろうとすると、
「待て! 無礼であろう!」牢人は声を荒げた。
「名も名乗らず人にあれこれ訊ねるのが、無礼でなく何であろう。まずは己の所業から思い返してみよ」
「おのれ!」酔いに任せて太刀を抜いた。
「神前で太刀を抜く愚か者よ、酔いを醒まして出直して参れ」
「小童が!」牢人が大上段に構え踏み込んだ刹那!
源五郎は瞬時に間合いを詰めに拳を撃ち込んだ。
「むぅ……ん」背を丸め崩れ落ち、その酔っ払いの牢人は動かなくなる。
もう一人の牢人は太刀も抜かず、唖然としてその様子を見ていた。
「介抱してやるがよい」
源五郎は熊吉とつき丸が待つ場所へと歩み出した。
源五郎は鳥居横の松林で熊吉と合流すると、待ちかねたつき丸の大歓迎を受けた。
彼と離れていた時間が不安で寂しかったらしく、鼻を鳴らしちぎれんばかりに尻尾を振り二本足で立ちながら何度も飛びつこうとする。
「源五郎様がいない間、大変でごいした……。もう暴れるわ、探しに行こうとするわで、気が休まりませんでごいしたよ」
つき丸をあやしながら、熊吉とつき丸のどちらに言うでもなしに、
「すまぬ、すまぬ」笑顔で応え、そしてすぐに、
「ちょっと面倒が起きた。急ぎここを発とう」
「面倒? 何かありましただか?」
熊吉に先程の件を簡単に説明し、その牢人が追いかけて来て騒動が起こらないように、急ぎ出発した。
その間にも、何年か振りに再会したかのようなつき丸の頭を撫でてやり、「大袈裟なのだ、お前は……」鳥居横を通り神社を出た。