「アンリー二世のおきさきはカトリーヌ・ド・メディシスといってフィレンツェの名門メディチ家からお嫁に来ました。だけど彼女にはこの近くの、少しみすぼらしいショーモン城が与えられたですのよ。

彼女は〈私が王妃なのにどうしてあんな女にシュノンソーを与えて、私はショーモンでなければならないのだ……〉と怒りの日々を送っていたに違いないのですわ。ところがある日突然に、おきさきとおめかけの立場を一瞬で逆転させることが起きたのですわよー、サチ」

幸はクリスチーヌの面白い日本語にくすっと笑いながら聞いた。

「えっ、何が起きたの? クリスチーヌ」

「アンリー二世が馬に乗った槍試合で右目をやられましたの。そしてこれがもとであっさりと死んだのよ、サチ。槍の試合なんかやらなきゃならないものじゃないでしょう。アホだよ、男は」

「えーっ、それでどうしたの?」

「カトリーヌはこれをチャンスと思って、権力を発動した。ディアーヌからシュノンソー城を取り上げて、ショーモン城へ移らせたのですよ」

幸は「ひどい!」と眉をひそめながら、「それにしてもよく知ってるし、日本語うまいわね、あなた」

「ガイドブックに書いてある通りだよ」

シュノンソー城のシュール川をまたぐ橋の部分は、カトリーヌの故郷のフィレンツェにあるベッキオ橋に似せて造らせたものだ。春の柔らかい日差しを浴びてゆったりと流れる水面に、橋が映し出されている。女の闘いの跡とはとても思えない静かなたたずまいである。

 

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