一、ロワール城物語

パリに在住する前野幸(まえのさち)は、かねてから特に見たいと思っていたロワール川流域のシュノンソー城とショーモン城を見学に訪れた。パリの同じ夜のクラブで働き、友人でもあるクリスチーヌと二人で一泊の予定だ。

一泊といっても一つ星の下の流れ星と呼ばれる格安のホテルに只寝るだけ。シャワーもトイレも部屋にはついてなく、どちらも共同のものがある。それでもビデだけは部屋にしっかり備わっている。これはどういうこと?

クリスチーヌはアルジェリア系フランス人で、言葉はフランス語はもちろんだが、英語も日本語もかなり達者なマルチリンガルの変わったフランス人である。シュノンソー城を見学しながら、クリスチーヌが城にまつわるエピソードを幸に説明してくれた。

「十六世紀のうしろだね。このロワールのシュール川をまたぐ形で建てられたのがシュノンソー城よ。国王アンリー二世が彼のおめかけさんのディアーヌ・ド・ポワチエに与えたのですよ、サチ」

城の中に入ると、主にルネッサンス様式の気品にあふれた装飾、家具などを観ることが出来る。

調度品の前に佇んでいると、そこに絶世の美女であるディアーヌが今でも存在するような、いや自分がディアーヌになり代わったかのような錯覚を起こさせてくれる。

そしてそれは幸の胸の奥底にべったりとへばりついているいやな澱(おり)が少しずつ消えていくのを感じさせてくれる。

クリスチーヌは続ける。