一、ロワール城物語

二人はシュノンソー城から、ショーモン城へと移動した。クリスチーヌが横にいるサチにつぶやいた。

「あんなに豪華なシュノンソーからこの寂しいショーモン城へ移されたディアーヌは悔しかっただろうね。めかけだけど、自分の方がアンリー二世に愛されていたと信じていただろうしねえ、サチ」

幸はそれを聞きながら、紫の服を着たディアーヌ・ド・ポワチエの肖像画を見つめ、

「王妃カトリーヌの怨念もわかる。けど、アンリー二世を失ったディアーヌの深い悲しみ、そしてショーモン城に移された屈辱とカトリーヌに対する怒りが、よく理解出来る気がするわ。その屈辱は、ショーモン城の方がみすぼらしいからということとは違う気がする」と、幸が首をかしげながら言うと、

「えっ、ということは、もしかしたらサチも同じような経験をしておりますわね」と、クリスチーヌがからかうように言った。  

ベンチに座ると春の風が心地良く二人を包む。ショーモン城の庭を眺めながら、幸はしみじみとした口調で自分の過去を、クリスチーヌに告白しだした。

あたかも、過去を見つめなおし、そしてあらためてそれを吹っ切る決意を再確認するかのように。

「実は私は東京の中堅商社の事務職として働いていた時に、上司である部長と恋愛関係に陥ったのよ。でも相手は家族持ちなので、日本語で言えば不倫ということね。フランス語では何て言うのかしら? クリスチーヌ」

「アデュリテールとかイモラリテとか言いますわね。でもサチは美人だから妻子があるヤツではなくても、いくらでも独身男子を選べたのではないでしょうか」とクリスチーヌは言った。

「そんなことないわよ。うーん、でも他の男子から交際を求められたことが全くないとは言わないけど、魅力のある男性が他にいなかったことは確かよね」

「ふーん、で、その上司との関係はどうやって始まったのですか?」