第四章 会長秘書

初めての事柄に驚いている間もなく、経営企画室長に随伴して黒塗りの乗用車で外務省に向かった。

一週間後には早速、日企連副会長で自動車メーカーの奥山会長との打ち合わせが組まれた。場所は、大手町の日企連会館の役員応接室であった。日企連での渉太郎の初仕事となるため、事務局長の白幡さんに同席してもらった。

「企業の役割は持続可能な社会の実現を牽引すること、そして企業は高い倫理観を持って社会的責任を果たす」

と、名古屋から来た秘書室長が代弁する傍らで、奥山会長は黙って聞いていた。長身を屈めたやや低い姿勢から、

「宜しく頼む」

と、一言言って、めざしの土田といわれた第四代日企連会長の「日に新たに、日々に新たなり」と書かれた掛け軸をじっと眺めている。奥山会長は茫洋とした風貌ながら、すでに財界大物の風格が漂っていた。

午後には、同じく日企連副会長でもある総合商社の深山会長との打ち合わせもあった。白髪をきれいに整え、組んだ足元から革靴の王様といわれるジョンロブが照り輝いていた。

「国際紛争や政変、テロやサイバー攻撃などから日本企業を防御するリスクヘッジの認識を各社は持たねばならない。危機管理の徹底と環境問題への取り組みが重要である」

と、強く求めてきた。袖口のユニオン・ジャックのカフスボタンが印象的であった。

タイタニック号の海難事故の際に鳴らされた「ロイズの鐘」を例えとした説明に、渉太郎は耳慣れない言葉の連続に思わず聞き返したほどであった。対談後に、同席した白幡事務局長に確認することでようやく話の内容が理解できた。