【前回の記事を読む】「会社を辞めて、家族をどのようにして養うの」政界進出への第一歩を踏み出そうとした矢先、妻から言われた一言に……
第五章 政治家を志す
渉太郎の一家は、私立学校に通う娘二人と妻の両親を含めての六人家族であった。
重苦しい雰囲気の中、家族の話し合いが始まった。
渉太郎は手をもみ合わせるしぐさをしながら、
「お父さんは来年の参議院選挙に民自党から立候補する予定だ。家族みんなの意見を聞きたい」
本題をいきなり投げかけてみた。
誰も反応する者はなく、敬子は唇を噛み、じっとテーブルの一点を見つめていた。敬子の苦悩を察する年齢になっていた子どもたちはうなだれていた。ただ一人妻の母親だけは厳しい視線を渉太郎に投げかけていた。
しばらく重苦しい沈黙が家中を支配した。
「当選を重ねるには、どれだけの費用がかかるのか考えたことがありますか」
清子からの鋭い問いかけであった。娘の家族を必死に守ろうとする本能からか、婿の勝手な行動に対し、必死の抵抗を示した。
「活動資金が十分でないため、政策を丁寧に選挙民に訴え続けることで、理解と協力を勝ち得て、当選を重ねたいと考えます」
渉太郎は素人っぽさを残す正論で答えた。
おもむろに私立の学校に通っている娘たちから、
「お金がなくなっても、お小遣いはもらえるの」
子どもらしい質問に胸が詰まった。
「政治家は正しいことをする人なの」
さすがに長女の質問には胸が張り裂けるような思いをした。