第一章 激変した幼少期

夕陽が七里ヶ浜の海辺を茜色に染める景色に魅せられる。校務を終えて鎌倉電鉄に乗る頃には乗客もまばらで人気も少なくなる。渉太郎にとって鎌倉駅に向かう束の間が心の安らぐときである。

夕陽が水平線に吸い込まれる一瞬が好きで車窓越しに海を見つめる。水平線を境に、銀色の鱗(うろこ)のように躍動し輝く海と、陽の周りを穏やかな暖色が翼を広げたように包み込む空との色彩のコントラストに息をのむ。

海側の座席に移り、両脚を斜めにしながら顔だけは海を見続けている。いまだまばゆいばかりの残光が輝きを放つ。そして夕陽の残り火が消えようとするその瞬間に海と空の境がなくなり、視界に入るすべての世界が茜色に染め抜かれていく。渉太郎はこの一瞬が好きである。なんとも美しいと思えるのである。

思わず、子どものように車窓に顔をうずめると、見つめている自分の頬まで赤く染まる錯覚を覚え、茜色のやさしい陽の光の中に包み込まれたいと思う。

夕陽が地平線の彼方に姿を失くすと、陰影が寒色の鏡となり、そこにはただただ静寂が漂う。邂逅(かいこう)と別れをも感じさせる。