二章 インドの洗礼

その宿は彼女から聞いていた通り、リシケシのバザールから道を一本隔てた所にあった。敷地の中央にある広場と、水飲み場を囲むように、コの字型に三棟の建物が立っている。

石造りの建物の雰囲気から、ダラムサラと呼ばれる巡礼宿かもしれない。まだ巡礼シーズンには間があるためか、人の気配が感じられずにひっそりとしている。

正面の建物の部屋から、インドの弦楽器シタールの音が聞こえる。ここがその日本人のいる宿なのだろう。僕はその部屋の前に立ち、「こんにちは」と声をかけてみた。

「鍵はかかっていないよ」と、部屋の中から久しぶりに聞く日本語が返ってきた。

ドアを開けると、髪を肩まで伸ばした小柄で痩せた男性が、シタールを抱えて床の上に座っていた。白いたっぷりとした民族衣装をまとっていて、どこか近寄りがたい雰囲気を感じさせる。

「ゴローさん?」

僕は遠慮気味に声をかけた。

「そんな所に立っていないで中に入って」

僕と同じぐらいの歳に見える日本人男性は、シタールを脇に置いて床から立ち上がると、

「恭平だね、君のことはキャシーから聞いていたよ。僕は吾郎、よろしく」と言って、慣れた手つきで右手を差し出し、握手を求めてきた。

「演奏の邪魔じゃなかった?」

僕は彼の手を握り返すと、さっきから気になっていることを聞いた。